Short story #01

文:吉本さやか

今年も夏がやってきた。

近所の子供達が学校から帰ってくる姿を、二階のベランダからぼんやり眺めていた時にふと思った。
子供達が夏休みの宿題のことについて話していたからだ。

私は夏になると、都心から遠く離れた実家に毎年帰省する。
頑張れば日帰りで帰れる距離だが、私は必ず三泊すると決めている。
大した理由はないが、都心で忙しなく働く私にとって憩いの場になっていることは間違いない。

「今年はいつ頃休みが取れるかな」

そんなことを考えていた時、携帯電話の着信音が鳴った。
電話の画面には、母の名前が表示されている。

面倒くさいなと思いつつも電話に出ると、
「元気にしてた?今年はいつ帰ってくるの?」と母の元気な声が私の耳に響いた。

「今考えてるとこよ。仕事の都合もあるから、決まったらまた連絡する。」

私は少し不機嫌そうに答えた。
どうやら母は私の帰省が待ち切れないらしい。

「だったら早く決めてよ。また、お父さんと喧嘩しちゃったのよ…」
待ち切れない理由はそれか、と合点してわかったと言って電話を切った。

父と母は私が小さい時から、よく喧嘩をしていた。
理由は本当に些細なことで、時には私と妹まで巻き込まれることもあった。

それが嫌で家を離れたと言っても過言ではない。
妹も結婚して実家を離れ、旦那さんと子供二人に囲まれて幸せに暮らしている。

結婚していない私は、今でも喧嘩の仲裁役に入ることが多かった。

それでも二人には仲良くしてもらいたいと思い、
二年前のいい夫婦の日にお揃いのパジャマをプレゼントした。

無邪気に喜ぶ天真爛漫な母の隣で、普段口煩い父は少し照れ臭そうだったが、娘からのプレゼントに喜んでいる様子だった。

母と電話で話した後、そんな昔の記憶がふと蘇ったのだ。
そういえば、あのパジャマ着てるのかな…。

何とか休みが取れて、一年ぶりの帰省。

毎年正月には帰省していたが、今年は海外への出張と重なってなかなか帰れないでいたのだ。
駅でタクシーに乗ればよかったと後悔しながら、
照りつける太陽の下でボストンバッグを持って実家まで歩いた。

実家の玄関の前に着いた時には、汗で身体中がベタベタしていた。
玄関を開けると「おかえり~。遅かったじゃない。」と母が私を出迎えてくれた。

私はボストンバッグを玄関に置き、一目散に居間にある扇風機の前まで走った。

「久しぶりだな。元気にしてたか。」
と父親の声が後ろから聞こえた。

扇風機の前から顔を動かしたくなかったが、
振り返ると甚平を着た父親が団扇を仰ぎながら立っていた。

一年ぶりに会った父は元気そうだったが、少し白髪が増えているのが気になった。

「お昼の準備するから、ちょっと待ってね。」と台所から母の顔が覗いた。
その表情は清々しく、機嫌がいい。その瞬間、私は父と母が仲直りしていたことに気づいた。

一安心した私は、縁側でぼんやり庭を眺めていた。
頬に当たる風が心地いい。

都会と田舎では、時間が流れるスピードが全く違うように感じる。
このゆったりした時間が都会で溜まったストレスをきれいに流してくれるのだ。

「あ~、気持ちいい~。」と口に出しながら、両手を高く上げて背伸びをした。
その時、庭の物干し竿に干された洗濯物の中に、
お揃いのパジャマが仲良く並んでいるのに気づいた。

私は、心の中であっと思った。
なぜなら、私が贈ったパジャマがそこにあったからだ。

何だか心の中がこそばゆかったけど、
父と母が二人だけで積み上げてきた時間が感じられて何だか嬉しかった。

「ご飯できたわよ~。」

母の大きな声が台所から聞こえて、私はゆっくり腰を上げた。
もう一回大きく背伸びをして、父と母のいる居間に向かった。